kkj 特集~環境共生と美しい日本の風景
熟成するまちなみ
美しいまちなみ、味のあるまちなみは昨日今日の短時間で、形成されたわけではありません。
過去から現在まで続いてきたもの、そしてこれからも受け継いでいくもの。
まちなみを熟成させるための方法を探ります。
修復型と住民参加のまちづくり
ヒューマンスケールの発展
まちが出来た背景には、その時代、時代ごとの要望がありました。
たとえば、東京都世田谷区の三軒茶屋駅周辺はもともと東京近郊の野菜づくりを中心とした農村地帯でしたが、関東大震災後、下町地区から避難場所として、多くの被災者が移り住んできたため、計画的とはいえない形で多くの住宅が建てられました。
さらに戦後の高度成長期には交通の利便性などから地方からの移住者が多く暮らすようになり、急増する人口に合わせて多くの木造貸アパートが密に建てられていきました。 その後も基盤整備が不十分なまま、まちが形成され、商業地区と住宅地区が混在し合う密集住宅地として発展してきたのです。
1979年に世田谷区によって実施された「6段階評価による町丁別危険度調査」では、太子堂2・3丁目地区は世田谷区内でもっとも危険度の高い地域のひとつとして判定され、防災まちづくりのモデル整備地区に指定されました。
区はこのモデル地区のまちづくりを住民参加型によって実践しようと考え、「太子堂まちづくり通信」を発行して全戸に配布。1980年1月から「まちづくり懇談会」を7回ほど開催し、住民へ地区の様子やまちづくりの考え方を知らしめていったのです。
そして2年間の討議、準備会を経て、1982年に近隣住民を中心とした「太子堂2・3丁目地区まちづくり協議会」が発足しました。
会の役割 |
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まちづくりの目標 |
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メンバーの構成 |
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会は対立の多い住民と行政の橋渡しをしながら、修復型のまちづくりを進めてきました。『修復型のまちづくり』とは、個々の建物の建て替えをきっかけに、できるところから徐々に道路づくり、広場づくりなどのまちづくりを進めようとする考え方です。
災害時に消防車や救急車が入るために必要な道路の幅は6m。現状の2間(3.8m)道路から考えると1.5倍もの広さになります。しかし、基盤整備が不十分なまま密集市街地となった三軒茶屋・太子堂地区ではすべての道がこの条件を満たすものではありません。防災を考えるならば、道路の拡幅は重要課題ですが、すでにそこに暮らす人々がいるとなれば、すぐに道路を広げるというわけにはいきません。
太子堂2・3丁目地区まちづくり協議会は、そこに暮らす人々との対話を通じて、修復型のまちづくりを進めています。道路の拡幅や、建物の不燃化、そして空き地の公園化。プロジェクトの構想から、交渉、管理にいたるまで、すべてを行政にまかせるのではなく、住民が主体となって行政と共にまちづくりを行うというこの取り組みは、これからの環境共生まちづくりにとって、非常に学ぶところの多い事例です。
参考資料:太子堂2・3丁目地区のまちづくり-20年のあゆみ(平成12年4月・ 太子堂2・3丁目地区まちづくり協議会), 災害に強い市街地の形成・円滑な防災活動の推進に向けて-世田谷太子堂2・3丁目地区における取り組み(世田谷太子堂2・3丁目地区まちづくり活動協議会/平成18年1月25日住まい・まちづくり活動推進協議会 シンポジウム資料)
熟成させるための仕組みづくり
楽しみながら参加できる仕組みを考える
住んでいる人たちが、自分たちの共有財産としての「まちなみ」を意識し、維持管理しながら育むことで、まちなみは熟成していきます。
その時に維持管理を楽しみながら行えるよう、参加の仕方や仕組みも考えていくと、多くの人が自主的に参加しやすい環境が生まれ、人事ではなく、自分ごととして自分の住む街への愛着も自然と生まれてくることでしょう。
美しいまちなみづくり、風景づくりのために必要なのは「美しさを共有しあう」という、心のゆとりなのかもしれません。
みんなでまちを共有しあうために、あなたにもできることを探してみましょう。
みんなでまちを共有しよう